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(2004)平成16年12月26日(日) みかん一座の活動の中に、南海放送のラジオ番組「みかん星交響曲」があります。アナウンサーでもある戒田座長とみかんのメンバーがワイワイ楽しくおしゃべりしてる番組。今日は、今年最後の放送でした。「今年は色に例えたら何色?」の質問にみんなそれぞれの色を答えていたけど、みかん一座としては虹色。ドイツ公演を軸に色んな事があったもんね。そして、日本とドイツに虹の架け橋を架けた。そういえば、20年前の初公演は、虹の上に立って自由に絵を描きたいという夢を持ったあみちゃんという少女の物語だった。台本を書いた座長は虹が大好きみたい。「ワ二夫のなみだ」という絵本も自分の大切な友達の命を助けるために、虹を上ってワニ夫が神様にお願いするというシーンがあったなあ。今度はいつ虹が登場するだろうか?何はともあれ、今日でみかん一座の今年の活動は終了。お疲れさまでした。応援して下さった皆さんに感謝!ありがとう。(緞帳降りる) (2004)平成16年12月25日(土) 今日は、クリスマス。本町会館こどもミュージカル教室(みかんの子供達)では、ささやかなクリスマス会を行った。この日に向けて、子供達はお芝居を練習していた。3つのグループに分かれて自分たちで全部考えるというもの。大人は手出しをしない。2回の練習で仕上げるのだから大変だったけど、それぞれ工夫してミニミニ芝居を披露。楽しかったよー。みんな頑張ったね。食べ物は、みかんとお菓子と飲み物。ケーキはお母さんたちの手作り。あったかムードの会だった。お母さんたちも即興で「つばさを下さい」を歌った。いつもは子供達を陰で支える役目だけど、たまにはいいね。踊ってるお母さんも素敵! 教室を卒業した高校3年生のえいみちゃん、2年生のまいちゃん、1年生のまさみちゃんも参加してくれた。嬉しいね。みんな小さな小さな子供だったのに、節子先生より背が高くなって立派になった。子供の成長は早いものだ。今の子供達もどんなふうに大きくなっていくのか、とても楽しみ・・。 (2004)平成16年11月19日(金) 今日で、全てが終る。ドイツ公演に向かって準備を始めてから1年以上がたった。ドイツ公演が終って1ヶ月は、凱旋公演のために四苦八苦してきた。みかん一座は、未完成とはいえ、出来る限りの努力を惜しまず、最後まで頑張る集団だ。昨日の反省点を各スタッフ、役者が直していく。観客に、より楽しんでいただくため、感動していただくために・・。そして、自分たちが納得できるものにするために・・。20年の総決算でもあるんだから。今日は、のびのびとやろう!幕開けの踊りもにこやかになった。産婆がイネをいじめるシーンも恐いくらい本気でいじめている。殺陣のシーンも照明がよくなって迫力がある。みんないいよー。あれ?イネ役の座長は、いつもと演技が違う。スキップしてる。座り込んでる。走ってる・・。やりたい放題やっとるよ。フィナーレのみかん一座のテーマ曲「サンシャイン・アイズ」の時は、みんな、それぞれの思いで涙していた。お見送りで、大勢の方に「ありがとう」と言われた。こちらこそありがとう。ダンケシェン!みかんの美味しい季節に、みかん一座の公演は幕を閉じた。甘酸っぱい気持ちいっぱいで・・。 (2004)平成16年11月18日(木) 今日から、いよいよ本番。裏方スタッフは朝から仕込み。大道具が入り、照明・音響のセッティング。役者は今日は、仕事や学校が終ってから会場に入る人が多いので、午後3時を過ぎても数人しかいない。4時過ぎから子供達が次々にやってきた。ヘアー担当の美容師さんたちが日本髪に結い上げていく。時間がたつに連れて役者が入り、支度を急ピッチで進める。ロビーでは、子供達のお母さんを中心に作業。7時の開演に向け、全スタッフがフル活動。6時。早くから並んで待ってくれていたお客様が開場に入ってくる。あらあら、まだ支度の出来てない人もいるよ。それにしても、リハーサルなしの本番で大丈夫かしら?と、みんな心の中で不安がよぎる。開場では、ドイツまでの道程のビデオが上映されている。楽屋の小さなテレビで見ながら、ドイツ公演の感動がよみがえってきた。客席には、加戸知事ご夫妻、元宇和町長の宇都宮さんの姿も・・。7時直前、やっと全員の支度が整った。さあ、幕が開く。緊張!しかし、幕が開くとやるっきゃない。2時間があっという間に過ぎていった。終って、会場を出てから、今日の反省。東京から、劇団若草の田辺先生が来られて客席で見て下さっていた。先生を囲んで、座長をはじめ、数人の役者たちが感想を聞く。先生の適切なアドバイスを元に明日の手直しをチェック。照明・音響・演技・・いろいろと反省点がある。明日は、今日よりいい舞台にするぞー!とみんな夜中の道を帰って行った。 (2004)平成16年11月14日(日) 今日は、南海放送51周年目の感謝祭が行われ、本社は大勢の人で賑わった。色んな屋台も出て、美味しいものもたくさんあったよ。みかん一座は、初の公開練習を行った。 立ち寄ってくれた人も多く、その中での練習だったのでちょっと緊張。最後のクライマックス、涙・涙のシーンでラジオの生中継が飛び込んできた。みんな涙と鼻がずるずる出てる時、インタビュアーのあすかちゃんが座長にマイクを向けた。いやー、あすかちゃん、タイミングいいね。ラジオからどんなふうにながれたのか、聞いてみたかった。 ラジオ中継が終って、練習の最後は見学の人達も一緒に輪になって楽しく踊ったの。 やっぱり、みかんはこうでなくっちゃね!来て下さった皆さん、ありがとうございました。 (2004)平成16年11月3日(水) 今日は文化の日。祝日ですが、みかんは、11月18日、19日の公演が終るまでは休みは全て返上!ドイツの凱旋公演とはいえ、メンバーの中には出られない人もいるので、代わりのメンバーが新たに役につき、練習しないといけないの。あら〜、大変よー。力太は、ブイチになるので、これは安心。産婆の鶴さんも、菊池さんだからよっしゃー。問題は、吉松役。大学生のまゆみちゃん演ずる、カヤと結婚する役。祝言をあげて、妊娠する妻をいたわるという役なんだけど、それを高校3年生の戸田君が演じるから、んー、難しいのです。みかんのメンバーは人手不足で、彼しかいない。芝居も経験がないというのだから、これまたどうしたものか・・。しかし、やってもらうしかないと、座長は戸田君にはっぱをかけ、男性陣は手取り足取り鍛えている。後2週間で彼がどう変わるか楽しみ・・だけど心配。全てにおいて経験値0の戸田君。緊張しまくりで、顔がこわばってる。それと、ドイツでは、現地の学校のダンス部20人が踊った「長英ランナウエイ」を桐ちゃんと、まいちゃんの二人で踊るのだから、これもアラアラ・・。あーでもない、こーでもないとみんなで振りを作っている。間に合うんかいな? (2004)平成16年10月31日(日) 凱旋公演に向け、今日は子供と大人の合同練習。ドイツに行ったメンバーで出られない役者もいるので、行けなかったメンバーの中から新たに役につく人は大変!急ピッチで全てを覚えないといけない。また、子供も新しく入った数人が加わるので多くなる。だから、ドイツ公演そのままを故郷で・・というわけにはいかないの。後、2週間ほどで仕上げないといけない。ドイツから帰って時差ボケが治らないうちから、また右往左往している。でも、ぜひ見たいって言ってくださる方々がたくさんいるから、頑張るよ!みかんパワーでファイト!! (2004)平成16年10月16日(土) いよいよです。今日は公演の日。晴れてて良かった。昨夜チェックした所の手直しを伝え、午前中リハーサル。照明も入りなかなかいい感じ。リハーサルの後、午後4時からの本番に向け支度が始まります。子供達の楽屋は大きな部屋で、日本とドイツの子供達を一緒にしたのですが、それが良かった。みかんの子供達が用意していたお土産を渡し、みんなで輪になって自己紹介をしていきました。ドイツ語の挨拶や名前・年齢の言い方を勉強していったのでみんなちゃんとドイツ語で言えました。また、今日誕生日という子が日本とドイツの中にいて、みんなでハッピバースデーの歌を歌ってお祝いしました。記念になりました。座長の所には、テレビやラジオ、新聞の取材が多く、本番ぎりぎりまで対応に追われててんやわんや。日本では、座長は放送局のアナウンサーの仕事をしているのですが、ドイツでは女優と紹介され、照れまくっていました。そんなこんなで、いよいよ本番の時間。700人の会場は指定席で満員。ドイツの人達に交じってドイツ在住の日本人、また愛媛から応援ツアーで来てくれた30人の姿もありました。この日のために一年間準備を重ねてきました。たった一回の公演のために、多くの方たちの支えがあって幕を開けることができるのです。成功させることが皆さんへのお返しになるんだと思うと気持ちがキュット引き締まります。さあ、幕が上がりました。緊張の瞬間です。芝居は日本語ですが、所々にドイツ語のナレーションを入れていきます。わかってもらえるだろうか・・という心配が吹っ飛ぶように会場から笑いや拍手が至る場面で起こりました。そうなると、みんなほっと心がなごんで、のりのり状態。のびのびと演技が出来たのです。フィナーレでは、「ありがとう ダンケシェン」の歌を日独の出演者全員が手をつないで歌いました。2番はドイツ語だったんですよ。舞台袖では、何と日独のスタッフが肩を組んで歌っているではありませんか。会場がひとつになったひとときでした。国境や言葉を越えて、心で通じ合えるということを感じました。その後、カーテンコールが6回もあり、私たちは日本では経験したことのない感動を味わいました。鳴り止まない拍手の中で、みんな抱き合って涙を流していました。この時を、メンバーは一生忘れないでしょう。ありがとう、ダンケシェン!! (2004)平成16年10月15日(金) さあ、今日から舞台での仕込みが始まります。みかんのメンバーは黄色のTシャツ(ユニフォーム)、裏方スタッフは黒のイネのオリジナルTシャツを着て会館に入りました。外は息が白くなるほど寒いのですが、会館の中は温かい。ステージでは大道具係りが場面毎にセットを組み、照明は灯りを作っていきます。機材が日本とかなり違うので苦労している様子。楽屋では、女性陣の髪をヘアー担当の二人の美容師さんが日本髪に結い上げていきます。また、カツラをつけたり、着物を着たり・・と準備におおわらわ。午後4時から場当たりをして、その後ゲネプロ。照明がまだ出来上がっていない状態だったので、真っ暗な中で演技をするという場面もありました。右往左往しながら、何とか最後まで通しましたが課題は山積み。夜ホテルに帰ってから、座長、音楽担当の耕ちゃん、舞台監督の中村さん、役者の智子さんがゲネプロのビデオをチェックしました。終ったのは午前3時。寝る時間があまりありません。 (2004)平成16年10月14日(木) 昨日の取材の記事がさっそく新聞に出ました。学生たちに衣裳をつけている座長の写真が載っていました。これまでにも、何度もドイツの新聞には、みかん一座の公演の記事が出たそうです。また、町を歩くと「シーボルトの娘・イネ」の大きなポスターが至る所に貼られ、この公演が期待されていることを、ひしひしと感じらました。あー、ドキドキする。今日も会館では大道具の仕上げと、音響・照明・舞台のそれぞれのチームが通訳を介して打ち合わせを行いました。夜、みかんのメンバーがビュルツブルクに到着。長旅に疲れている様子。小さな子供達はぐったりしていました。今夜はゆっくり寝て、明日からの準備に備えましょう。 (2004)平成16年10月13日(水) 朝早くから、ホテルを出発し、シーボルト記念館に向かいました。そこには日本の茶室があるので、セットで使う障子や畳をはずして運びます。また、小道具など日本の物もあれこれ貸していただく物がたくさんありました。それらを公演の行われるマインフランケン劇場に運び込みました。会館にはセットを作る広い部屋や木工室もあります。これは凄い。私達の大道具は、すでにドイツの大工さんが、日本から送った設計図通りに作ってくれていました。立派なセットにびっくり!それを日本のスタッフが組み立て色を塗っていきます。大道具係りの指示に従って、舞台監督も音響も照明も、みんなが何役もこなしていきます。戒田座長も隅の方で刷毛を手に絵の具塗り。小道具も現地で作るようになっているものがあったので、「これを作りたいので材料の木を下さい。」とドイツのスタッフに言うと、何とあっという間に材料ではなく、物が出来て渡してくれました。とにかく、現地の会館のスタッフの素晴らしい協力には、驚くばかり・・。座長は、数時間、会館をぬけてシーボルトギムナジウム(学校)へ行き、出演するダンス部の練習を見に行きました。長英ランナウエイのダンスの手直しとフィナーレの練習です。20人の中・高校生は身体は大きいけど、笑顔はまだ幼くてかわいい。この時、新聞の取材がありました。 (2004)平成16年10月12日(火) 日記がずっとストップしたままで、今日まできました。何ヶ月もの空白の日々は、ドイツに向かって必死状態でした。ドイツ公演の道程を見ていただいた皆さんにはわかっていただけたかと思います。ごめんなさい。さて、今日、主要スタッフ6人が先発隊でドイツに向かいました。夜、ビュルツブルクに着き、現地の主催者である、シーボルト協会のクラインラングナー氏と打ち合わせをしました。いよいよ始まるという緊張感が高まってなかなか眠れませんでした。南海放送の取材陣も二人同行しています。 (2004)平成16年8月15日(日) 巷ではお盆だというのに、みかんは総合練習。裏方スタッフも集合しての通し稽古。 昼前11時から、ヘヤーや着付けの担当はおおわらわ。女性陣は日本髪に結い上げる人が多いから、美容師の先生は息をつくひまもないくらい次から次へと結っていく。カツラは、男性陣はほとんどつけるから、その作業も大変だ。頭ができたら、着物の着付け。とにかく、時代劇は準備に時間がかかる。午後2時、やっとみんなの準備ができて、稽古が始まった。芝居の中で着物を着替える役の人もいるので、どのくらいの時間で着替えなくてはいけないか、時間を計りながら進行する。イネ役の座長は数分で着替えなくちゃいけない場面が多く、どうすれば早代わりが出来るか、スタッフは試行錯誤。バタバタの中で一応、通しが終った。2時間の公演時間があっという間だ。通してみると、問題点がたくさん見えてきた。課題が多いよー。後2ヶ月必死で頑張ろう! (2004)平成16年8月14日(土) 今日は、東京の劇団「若草」の演出家、田辺国武先生が稽古を見に来て下さった。 ひとつひとつの場面をみながら、アドバイスをして下さり、みんな真剣に先生の言葉を受け止めていった。さすがプロの演出家、初めて台本を見ただけで適切なアドバイス。戒田座長が尊敬しているはずだ。先生は、ドイツ公演後、松山で行われる凱旋公演を見にきてくださると約束して帰って行った。頑張らなくては・・。田辺先生はじめ、色んな所で多くの方々が応援してくれていると思うと心強く感じた。先生、ありがとう! (2004)平成16年8月8日(日) 今日から日曜日の練習が始まった。子供達は元気に集まってきた。衣裳の着物をああでもないこうでもないと決めていった。子供の着物は数が多くないから、あるものの中から決めるのでかなり苦労する。苦労と言えば、カーテンコールで歌う「ありがとう ダンケシェン」のドイツ語訳がやっと出来て練習したんだけど、難しいの。音符の下にカタカナをうって歌うのだけど、発音がメチャ難しい。本当に歌えるのか不安になってきた。歌えたとしても、ドイツの人にちゃんと伝わるかしら?きっと発音がメチャクチャだと思う。企画倒れにならないように頑張らなくっちゃ! (2004)平成16年8月1日(日) 今日は、みかん一座記念日。20年前の今日、みかん一座は誕生しました。先日、第1期生の男性が会いに来てくれて結成の日の話に花が咲きました。知人に誘われ、裏方をやってみたくて行ったら、その日さっそく演技をさせられ、あれよあれよという間にキャストになってた・・と。彼はその時、高校3年生。ダンスが苦手で、もらった役は夢を食うという動物のバク。衣裳がなかなか仕上がらず、完成したのは本番当日。ぬいぐるみのような衣裳をかぶると目が見えず、よたよたしながら演技をしたとか・・。懐かしい話がどんどん出てきて、あの頃のメンバーに会いたくなりました。現在、彼は立派になって会社の社長さん。一度だけの参加だったけど、あの感動が忘れられないと、OBとして、今、みかん一座が向かってるドイツ公演への応援もしてくれています。ありがたいことです。振り返れば、20年の間には本当に多くの人がみかん一座を経験してくれました。1000人以上です。みかん一座の歴史を作ってくれた一人ひとりに感謝しています。そして、二十歳になった今、ドイツ公演という大きな歴史を刻めるよう、精一杯頑張ろうと思います。世界に一つだけの「みかん一座」。これからも、故郷・愛媛を大切に活動していきます。どうぞ、応援して下さいね! (2004)平成16年4月15日(木) 「ありがとう ダンケ支援」CDは、どこで買えるの?という問い合わせがあります。 これは、みかん一座のメンバーがみんな持っているのと、南海放送本町会館のチケットセンター、銀天街のボンボン、33カーセンターなどにも置いていますよ。2000円です。ドイツで公演する「シーボルトの娘・イネ」のナンバーや、愛媛県各地の歌などたくさんの曲が入っています。多くの方に、聞いて覚えてもらいたいな。売上金はドイツ公演の支援金として使わせていただきます。それと、色んな所に募金箱も置かせてもらってます。みなさん、よろしくお願いします。あなたも、みかん一座の応援団になって下さいね!! (2004)平成16年4月3日(土) うららかな春の日。桜の花満開。子供達の教室を花見の会に変更して堀の内で、みんなで仲良くお弁当を食べた。満腹になった後、初めての街頭募金。伊予鉄高島屋の前で募金箱を持って「みかん一座ドイツ公演を応援して下さい!」と道行く人達にお願いした。子供達は、初めは恥かしそうに小さな声しか出なかったけど、「頑張ってね!」と募金して下さる方達に励まされ、どんどん大きな声が出せるようになっていった。「ありがとうございます。」と頭を下げてニコニコする子供達。ドイツへの道のりは遠く厳しいけど、多くの方々の応援をいただいてみんなで頑張ろう!ドイツ語も少しずつ覚えています。ダンケシェン。ありがとう! (2004)平成16年1月18日(日) 今年10月にドイツで「シーボルトの娘・イネ」を公演するみかん一座の応援団ができました。周りの方達が「ぜひとも成功させよう!」と支えて下さっています。この公演は、シーボルトの故郷・ビュルツブルク市誕生1300年の記念として行うものです。おイネさんは、シーボルトの弟子、二宮敬作を頼り宇和に来て勉学に励み、後に日本初の産科の女医になりました。みかん一座がおイネさんのミュージカルを初めて上演したのは、もう11年も前のこと。宇和町の宇都宮象一町長のお力添えで実現しました。イネ役を演じた、戒田座長は、その後も宇和町とビュルツブルクの国際交流の場では、イネの姿で何度も登場。そして3年前、ミュージカルを宇和で再演。そして、今年のドイツ公演。この11年間、みかん一座にあたたかい応援をしてくださった宇都宮町長やUWA国際交流協会の保木会長に会いに、今日は座長と鎌田君、智子さんが宇和に行きました。町長宅で経過報告。私たちはおいしい宇和茶をいただきながら、町長のうれしそうな笑顔を見ると涙が出そうでした。今年74歳。3月いっぱいで引退されるそうです。帰りには、畑で作った野菜と奥さんがつけた漬物をたくさんいただきました。三人は、愛情をたっぷり感じながら松山に帰りました。漬物、すごーく美味しかった! (2004)平成16年1月17日(土) 今日は、生石公民館でコンサートでした。地域の皆さんに元気の出る楽しいコンサートをお届けしようと、子供組と大人組が一緒になって汗いっぱいで頑張りました。ホールには、幼児からお年よりまで幅広いみなさんが集まってくれて1時間があっという間に過ぎ、終わった時には、み〜んな笑顔の花が咲いたようでした。「また、来年もぜひきて下さい。」と言われ、すごく嬉しかった。実は、高校2年生のえいみちゃんは生石地区に住んでいるので、地元でのコンサートだったのです。パワー全開で輝いていましたよ。 コンサートの様子はこちらから・・・・ (2003)平成15年11月14日(水) 「愛媛大学インフォメーションセンターの開所記念講演会」で戒田節子座長が講演。みかん一座の智子さんと麻由美ちゃんが歌と踊りで参加。法文学部の赤間道夫教授が司会をされ、座長の紹介をして下さったのですが、みかんのホームページを見て調べてくださっていたのにはメチャ感激!会場には教職員の方々や学生さんが集まってくれて、みんなで歌ったり踊ったり・・。小林展章副学長も輪の中に入ってくださり、なごやかな講演会になりました。講演会の後、参加した学生さんからメールが届きました。「勇気の歌を聞いて、勇気が持たなきゃ、踏み出さなくちゃと思いました。がむしゃらでもいいから前向きに頑張りたい、そんな気持ちを持つ事ができました・・。」この学生さんのメールを見て、逆にみかんのメンバーは、勇気をいただきました。ありがとう! (2003)平成15年11月3日(月) こどもの城での初めてのコンサート。あいにくの雨で野外ではできなかったけどホールにはたくさんの人達が集まってくれた。小さな子供達もステージに上がって一緒に踊ってくれたり、歌ってくれたり・・。とても楽しいひとときでした。 今度は緑に囲まれた外でしたいなあ。夜にはタヌキが出てくるほどの自然いっぱいのこどもの城。遊びにいくと楽しいよ! コンサートの様子はこちらから・・・・ (2003)平成15年10月11日(土) 今日は「潮騒ウォーク」の最終地点、梅津寺パークの野外ステージで15分間のミニコンサート。タヌキに扮した子供達が歌って踊って、大人気。大人組みの「平成版、伊予万歳」にも拍手喝采。見ていた人たちも一緒に歌ったり、中には踊っているおばちゃんもいて楽しかったあ。コンサートの後は、みんなで砂浜に出てお弁当を食べたよ。潮風に吹かれながら気持ちの良いひとときでした。野外でのコンサートって、開放的でいいな。次は、11月3日に「こどもの城」であるの。さて、どんな出し物になるかなあ?頑張ろうね!
(2003)平成15年10月5日(日) 今日は、南海放送の50周年感謝祭で、南海放送本社はおおにぎわい。色んな屋台が出たり、ラジオやテレビの公開放送があったり・・。その中で、みかん一座は「思い出のメロディー」コンサートを行った。始まると、立ち見がでるほど客席がいっぱい。コンサートの中で放送ドラマ「ももたろう」をしたんだけど、このドラマは、効果音やBGMもCDなどを使わず生で出していったの。つまり、BGMは音楽担当の太郎君がギターを弾き、効果音は男性陣が、色んな道具を使って、それらしく聞こえる音を作る、というわけです。波の音は柳ごうりの中でだいずをころがし、川の流れはじょうろの水をバケツにちょろちょろとこぼすなど・・、本番までに何度も試して音を作っていきました。その努力が実り、効果音はバッチリ!役者も失敗は許されないとあって、超緊張。台本片手に振りまでつけて大奮闘でした。うまくいって良かったあ。その後の歌や踊りも、みんな頑張りました。懐かしい曲のオンパレードで会場の皆さんも一緒に歌って下さったり・・。とても楽しいひと時でした。また、ひとつ思い出ができたね。 本番の様子はこちらから・・・・ (2003)平成15年9月26日(金) 南海放送50周年のイベントで、「なつかしのメロディー」と題してコンサートを行うみかん一座。いつもはオリジナル曲が中心だけど、今回は違うのよ〜。ヒットした歌謡曲を並べて、歌って踊ってジャジャジャジャーン!昔々の歌から最近の歌まで、みんなの知ってる歌がいっぱい出てくるの。子供達の「東京ブギウギ」のラインダンスはとても可愛い。「UFO」は、みかんの大人が、若い子達にキャアキャア言いながら教えている。練習場は、笑いで渦巻いてるのです。中には、青春時代復活コーナーがあって、30代,40代のメンバーが、マッチやとしちゃん、聖子ちゃん、ヒデキ、ワイルドワンズの曲で踊るの。見ものよね〜。腰痛めないようにしなくちゃあ。あ、そうそう、全員で「世界にひとつだけの花」をスマップの振りで大合唱するんだけど、大人組みは、まだ歌詞を覚えられない人もいて・・。「老化現象じゃー。」と嘆いてる。ふ〜、後少しで本番なのに四苦八苦の日々なのですわ。ほほほ・・。(詳しくは公演情報を見てね! (2003)平成15年8月24日(日) 24時間テレビのチャリティーコンサート、お客さんもたくさん来て下さって無事終わり、みんなホットした。いつもの会場と違い目の前で多くの人が見ているので緊張のあまり踊りを間違えたメンバーもいたんだよね。でも、ほとばしる汗を感じて感動してくれたはず。募金もたくさんしていただき、感謝一杯のコンサートになりました。さあ、これでみかんの夏の行事は、終わりました。今度は10月5日の、南海放送創立50周年のイベントに向け練習ですぞ。今日と同じコアスタジオでのコンサートです。どんな事をするか、これから座長が考えるらしいけどもうあんまり時間がないよ。難しい事はやめてね。だって学校も始まって、運動会の練習もあるんだもの。学生は覚える事が山積みなの。台本が出来るまでドキドキしちゃうよ〜! 本番の様子はこちらから・・・・ (2003)平成15年8月23日(土) 今夜から、「24時間テレビ 愛は地球を救う26」が始まります。みかん一座は、毎年色んな形で参加してきましたが、今年は久しぶりのチャリティーコンサートを行います。南海放送本社のコアスタジオで、明日24日、午後2時から3時まで、歌って踊って、ちょっぴりお芝居もしてステキな時間を贈りたいと頑張ります。今日は、リハーサル。コンサートは初めてというメンバーは特に緊張気味ですが、普段着のままでいいのです。見に来て下さった方と一緒に楽しみましょう。今年のテーマは「あなたを一番愛する人」です。あなたが考えている以上に、あなたを誰かが愛してくれているかも知れません。そんな誰かに気がつくといいですね。そしたら、あなたも、もっと人を愛せるかも・・。愛にはいろんな形があります。なかなか、見えないものだけど、周りにはたくさんの愛が溢れていますよ。きっと・・。 (2003)平成15年8月12日(火) 松山まつり、「野球拳おどり」の本番。みんな午後5時半に集合し、タヌキメイクをしたり衣装を整え、松山城ロープエー乗り場の前に8時に着いた。踊りの出発は8時15分の予定。みんな、今か今かとソワソワしながら待っていたんだけど、時間になっても前の連も全然動かない。どうしたのかと思ったら、踊りのルートの大街道で火災が発生し、通行禁止になり一時中断したとの事。それから、待つこと2時間余り。特に小さな子供達は疲れて眠たくなってきた。タヌキの衣装は顔しか出てないからサウナ状態。じっとしてても汗だくだく。手で顔をこするとメイクがとれる。そのたびに、智子さんが子供たちにペンシルでひげをかいたり、鼻の頭を黒くぬったり・・。そうしながら10時過ぎ、やっと出番が来た。千舟町通りだけを踊ったんだけど、あっという間で、みんなちょっと不完全燃焼気味だった。でも、見ている人達が「かわい〜い」とか、「がんばってー!」とか声をかけてくれて嬉しかったな。大変な夜だったけど、みんなよく頑張った。夏の思い出のひとこまになったね。
(2003)平成15年8月6日(水) 近づいてきました。松山まつり。12日の野球拳に出る「みかん一座」は今てんやわんや状態です。全員タヌキの格好なので、子供たちのお母さんやおばあちゃんたちが、せっせせっせと衣装縫い。踊りもやっと振り付けが完了。他のチームは、ずっと前から練習して完璧なんだろうなあ。うちは、これからが猛特訓。オリジナルの「伊予ダヌキ野球拳踊り」は、きついのよ。ロープエイ街から、大街道、千舟町と踊り通せるか、今から不安。タヌキの衣装に身を包むから、サウナ状態で汗ダクダクだろうなあ。「やせたらいいな。」とブイチ君と智子さん。「倒れたらかついでね。」は、せっちゃん座長。何はともかく頑張るっきゃない。スタミナつけてファイト―! (2003)平成15年8月1日(金) 今日はみかん一座の誕生日です。1984年、つまり19年前に誕生しました。誕生物語を知っている人はほとんどいません。今日は、その話をしますね。南海放送の戒田節子アナウンサー(せっちゃん)は、当時、深夜のDJ番組で若者たちのお姉さん的存在でした。中・高生・大学生達は、自分の悩み事や夢など、色んな事をせっちゃんに書いて送ってきました。そして、そのリスナー達を集めてふれあいの場を作ったりしていたのですが、ある時、せっちゃんは何を思ったのか、みんなでお芝居をしようと計画したのです。それも、歌や踊りもある芝居。何度かみんなで練習し、テレビスタジオを会場に公演したのであります。その時のみんなのパワーは凄かった!そしてせっちゃんは思ったのです。「無感動・無関心・無神経・無責任の四無主義の若者達なんて世間では言われているけど、みんなの中にはキラキラ輝く情熱がいっぱい詰まってる。このキラキラをもっと集めて、爆発させる場所を作ってみよう・・。」そして、市民会館でミュージカルをしよう!と決めたのです。でも、その当時、ミュージカルなんてほとんど誰も知らなかった。どうするの???とにかく台本を書かないと・・。というわけで、せっちゃんは、親友のエメ(今は東京に住んでます)と二人で頭を悩ませていました。ある日、エメのマンションでケーキを食べながらあれこれ話している時、エメが聞きました。「せっちゃんの夢ってなーに?」すると、せっちゃんは、フォークを手につま先立ちになって、「青い大きな空に絵を描く事・・!」と叫んだのです。(あら、まあ・・)そこで、旗揚げ公演の台本が決まりました。「空に絵を描くという夢をもつ少女の話・・。」少女の名前はアミ。(その頃せっちゃんが乗ってた車の名前です。)タイトルは「サンシャイン・アイズ」(友人であるシンガーソングライターの宇佐元恭一君の歌のタイトル。この歌はテーマソングになりました。)と・・形がどんどん出来ていきました。中心スタッフも、固まり、さてメンバー集め・・。ラジオで呼びかけ、口コミで広げ、「この指とまれ!」で集まった若者が、約50人。みんなが初めて顔合わせしたのが19年前のこの日だったのです。その日、せっちゃんは、出来上がったばかりの台本片手に、全ての役を演じる事、1時間半。みんなはその間、口をポカンと開けて、まばたきするのも忘れるくらいびっくりして見ていました。だって凄い熱演だったから・・。そして、楽しくも苦しい稽古が始まったのであります。でも、この時はまだ、この集団には名前がついていませんでした。後日、みんなであれこれと出し合い、なかなか決まらなかったのですが、発表の日・・メンバー一同が緊張の中で耳にしたのは・・「名前は、みかん一座!」という座長の高らかな声。そこでみんなは、ダーとこけました。「かっちょわるーい」「ださーい」「カタカナの名前の方がええ」「一座なんて変!」などなど、非難ごうごうの中、まだ26歳の若かったせっちゃん座長は顔を真っ赤にして「これが私たちに一番似合うと思うんよ。私みかんが大好きだし・・。」と泣きそうな顔で訴える姿にみんなはうなづくしかなかったのでした。こうして「みかん一座」が誕生したのです。この後も、聞くも涙、語るも涙の物語が続くのですが、それはまたいつかの機会に・・。御静聴、ありがとうございました。
(2003)平成15年6月29日(日)
(2003)平成15年6月22日(日) (2003)平成15年6月7日(土) (2003)平成15年6月5日(木) (2003)平成15年6月1日(日) (2003)平成15年5月31日(土) (2003)平成15年5月31日(土) (2003)平成15年5月30日(金) 今日は朝から仕込みだ。音響、照明のスタッフは早くから会館で働いている。みかんのメンバーは仕事や学校が終えて夕方から集まる。それまでに、座長、智子さん、小道具担当のみかちゃんがセット作りに精を出す。夕方5時頃から次々とみんながやって来た。衣装をつけて場当たりが始まる。ダンスや芝居の位置確認。座長が客席でマイクを持って指示していく。あ、子どもたちが私語をしている。いかん、と思ったら、やっぱり雷が落ちた。 「今とても大事なことをしているの。集中して聞きなさい!」みんなピクっとする。 7時半ほぼ全員がそろう。(馬に入るあべ君を除いて)そろそろリハーサルが始まるぞ。 チャイムと共に緞帳が上がる。小学校の先生役の座長が出て台詞を言う。ばあちゃん役の智子さんがやって来て会話。順調順調・・。あ、音楽が始まった。座長が首を振る。 「違う。ここじゃない!」先生役のにこやかな笑顔が瞬間にして演出の顔になる。音響のこうちゃんはビクっ!元にもどしてもう一度。また芝居が始まる。こうして50分。一応リハーサルは終わった。明日は本番、頑張ろう!台風が来ているそうだ。心配。 (2003)平成15年5月29日(木) 稽古場での練習は昨夜で終わり、今夜は道具の積み込みです。大型のバンにベンチやらタライやら大八車やら、色々たっくさーんの小道具たちを積み込みます。そして明日は、コミセンで仕込み。でもね、金曜日はみんな仕事や学校があるから準備するメンバーが少ないの。会場に入ってから、作らないといけない物も多いし、夜のリハーサルに間に合うか心配。舞台は現代と江戸時代なんだけど、江戸時代のセットはどんなふうになるかドキドキ。舞台転換も数分間でしないといけないから間に合うかなあ?とにかく明日が勝負。最後まであきらめず頑張ろう!♪もったいないは 感謝のこころ〜♪ (2003)平成15年5月18日(日) 南海放送のテレビの取材があった。本番に近い衣装で練習している所をカメラマンが撮影。みんな、ちょっと緊張気味。どんなふうに映っているかな?楽しみ楽しみ・・いや、心配。 後日ニュースで放送されるそうです。ところで、今日は練習が終わってから井戸を作る予定で、「夜中までかかるぞー」と覚悟していたのですが・・実は座長と智子さんが、ある所で見つけたのです。公演会場(松山市総合コミュニティーセンターキャメリアホール)の地下で。二人はそこに井戸を見つけた時、手を取り合って涙を流したそうな・・?それは以前、市民ミュージカルでコミセンのスタッフが作ったものでした。それはそれは立派な井戸。「どうぞ使ってください。」と言われた時、飛び上がるほど感激!ありがたや、ありがたや。今回は古い道具を集めるのに四苦八苦したけど、まわりの人達の温かい協力で何とか揃ってきました。人づてに聞いて連絡して下さった骨董品屋さんもあるのです。本当に感謝です。環境ミュージカルは特に、衣装や道具も使いまわし、リフォーム、リサイクルの精神で行ってきました。 (2003)平成15年5月5日(月)こどもの日 ゴールデンウィークも今日で終わり。この3連休は、練習練習また練習だった。とはいっても予定のある人も多く、全員集合とはいかなかったけど・・。でも、昼間に時間をとって細かいところを詰める事も出来たから、これから先の練習にはずいぶんプラスになるだろう。実家の御荘に帰ってた桐丸は、小道具の竹とんぼや竹馬を作ってきてくれた。ゆう君は発泡スチロールで魚を作ってくれている。その他、古い道具を持ってきてくれる人・・、みんなの力で少しづつ進んできている。でも、「馬の糞はどうしよう、何で作ったらいいかなあ?」など難題も多く残っているけど、知恵を持ち寄れば何とかなるに違いない。 みんな、がんばろうねー。ファイトよー! (2003)平成15年4月29日(火)みどりの日 (2003)平成15年4月25日(金) (2003)平成15年4月23日(水) (2003)平成15年4月18日(金) (2003)平成15年4月16日(水) (2003)平成15年4月5日(土) (2003)平成15年4月4日(金) (2003)平成15年3月26日(水) (2003)平成15年3月24日(月) (2003)平成15年3月23日(日) (2003)平成15年3月21日
(金) 春分の日 (2003)平成15年1月23日(木) 「金子みすずの世界」の公演も無事終わりました。 愛媛県内の約50人の小中学生と共にみかん一座のメンバーも加わって、県文サブホールでの公演でした。 劇団「若草」の田辺国武さんが東京から何度も来られて子供達を指導して下さり、みかん一座のメンバーはそのお手伝いをさせていただきました。 10回程度の練習で本番というスケジュール、歌も多くその振り付けを担当した私達は目が回るほどハードでしたが、回を重ねるたびに子供達とも仲良くなり、どんどん上手になって本番では、びっくりするほど生き生きと輝いていました。 みかんのメンバーもステージに立ち、特に「鯨捕り」という曲では、大張り切り!ぶいち君は、さらしを巻いて上半身裸になって熱演。あまりに張り切りすぎて公演が終わった時、腕がまわらなくなったほどでした。 座長のせっちゃんは、みすず役。詩の朗読とせりふが多く、いつになく緊張してしまいました。 それもそのはず、金子みすずさんの娘さん、ふさえさん(白髪のすてきなおばあちゃま)がわざわざ見に来られていたのですから・・・。 ふさえさんは、客席で見て下さって、とても感激して帰られました。 よかったー!それにしても、金子みすずさんの詩はすてきです。この公演を通して、改めて感じました。 この経験がみかん一座のこれからの舞台に生かされるよう頑張ります。 (2002)平成14年7月8日(月) みかん一座の横綱、武市(ぶいち)君は体重がついこの間まで107キロあった。しかし、そのままでは、9月の公演の衣装が着られないので減量を始めた。なんと10日で7キロ落としたそうだ。すご〜い!でも目標は20キロ減。実はともこさんもぶいちに負けるものかとダイエット中。というのも、9月のミュージカルは戦中、戦後の場面があるので太ってては説得力がな〜い、と減量を決意したのです。役作りの為とはいえ涙ぐましい努力をしています。そんな2人を見て座長は、「苦しい思いを2人だけに強いるのはかわいそう」と自分も仲間入り。9月21日までの3人の減量合計体重は、なななんと37キロ。みかんから37キロの肉がなくなれば、ずいぶん軽くなる。後2ヶ月頑張ろう。でも体こわさないようにしないとね! (2002)平成14年6月28日(金) 「春や昔、十五万石の城下のまちで」の練習に松山青年会議所のメンバーが初めて加わり、汗を流した。ダンスや歌での出番がいくつかあるので、これから大変です。皆さん仕事も、JCの活動も忙しいけど頑張ってね!このミュージカルのことは、公演最新情報で詳しく書いてるので見てくださいね。それにしても今回は特に、色々な人が参加するのでバラエティに富んでておもしろい。みかん一座のレギュラーメンバーを中心に、JCメンバー、南海放送のパーソナリティ達、他の劇団の人たち、ことばの力のメンバー、などなど・・。それだけに、練習がバラバラで収集つくか心配。全員が揃うの、本番だけなんてことになるかも知れない。座長は、頭を悩ませて身が細りそうと言ってる。ああ、神様、助けて〜! (2002)平成14年6月16日(日) 「この地球、だれのもの?」公演、無事終わりました。タヌキがめちゃかわいかったと好評でした。衣装担当の小坂さんが夜なべして作っただけのことありました。みかん一座の仲間が結集すると、思わぬ力が発揮される事をこの公演で再確認しました。子供達は本番で、悲しい場面になるとみんな本当にポロポロ涙流して泣いていました。「この地球は誰のものでもない。ここに生きている全てのものたちのふるさと。そのふるさとが本当の意味で、いつまでも美しく、豊かであるためにも一人ひとりが全ての命を尊いと思い生きてかなければ・・。」のメッセージを私達も噛み締めながら多くの人に送りました。このミュージカルを見て何かを感じてくれたら、きっと、行動してくれると信じて頑張りました。
(2002)平成14年6月2日(日) みかん一座が歌ってiいる「愛媛70市町村」「おそうじダンス」「たったひとつの地球だから」が、今、色んな所で歌われています。「愛媛70市町村」は愛媛県の全部の市町村の名前が出てきますから、覚えるのにすごく便利。小学校の先生からの問い合わせが多いんです。「おそうじダンス」は掃除時間のテーマ曲になっている学校もあります。あの歌がかかると掃除が楽しくなるそうです。「たったひとつの地球だから」は南海放送の環境キャンペーンの歌にもなっていてテレビで時々流れてます。その他、環境イベントで使ったり、中には合唱団が歌ってくれたり・・。みかん一座の歌がたくさんの人に愛され歌ってもらえるのは、とても幸せなことです。最新曲は、なんと「伊予だぬきダンス」。6月16日のミュージカル「この地球、だれのもの?」で披露します。これもみんなに踊って欲しいな。よろしくお願いします! (2002)平成14年6月1日(土) とてもいい天気、今日は待ちに待った松山城清掃の日。朝10時、東雲神社境内には、みかん一座のメンバーとグリーンクロスジャパン(緑の地球を子供たちへ)のメンバー、そしてラジオを聞いて来てくれた皆さん、総勢35人が集まりました。みんなで記念写真を撮り、エイエイオー!でも、実は、松山城は色んな方がいつも掃除しているのでとてもきれいだったのです。そこで、山から下りて、お堀周辺部隊と平和通り部隊に分かれて、ゴミを拾っていきました。1時間半、ゴミ袋を持って、みんなもくもくとゴミを拾い続けました。汗はたらたら流れるし、ずっと腰を曲げて拾っているから、腰は痛くなるし、県立美術館の前に11時半に集合した時には、みんなぐったり疲れ顔。ゴミ袋を積み上げて、それを囲んでミーティング。特に多いのは空き缶とタバコの吸殻でした。子供が拾った吸殻の中にはまだ火がついてるのがあって、もう少しでヤケドするところだった。危ない!非常識にもほどがあると思いませんか? ♪ 空き缶ポイすてダメダメよー、タバコの吸殻とんでもない・・・♪と歌い続けているみかん一座のメンバーは更にその気持ちを強くしました。色んな団体や個人で、いつも掃除が行われているのにゴミはなくならない。拾う人より、捨てる人が多いってことですよね。拾っている皆さん、本当にご苦労様です!掃除はしんどいけど、少しでもきれいになったら心がちょっと磨かれた気がしました。緑の中で、みんなで食べた手作りのおにぎり、とっても美味しかった。参加してくれた皆さん、本当にありがとう!私達、16日公演の「この地球、だれのもの?」のミュージカル、頑張るけんね。 ![]() (2002)平成14年5月26日(日) 冒険家の河野兵市さんが亡くなって1年が過ぎました。北極点から故郷、愛媛県の瀬戸町まで6年かけての旅「リーチングホーム」が始まってすぐのことでした。河野さんが北極の氷の下で、眠ってしまったのは・・。みかん一座のメンバーは河野さんと約束していました。6年後、日本に帰って来た時、真っ先に出迎えると。北海道の北の端、稚内の浜辺でソーラン節を踊りながら・・って。それも叶わぬ夢になってしまいましたが、河野さんの魂は、多くの人の心の中にあります。今日、河野さんのメモリアルライブが松山でありました。親友のサスケさんが開いたコンサート「夢はまだ続いている」です。河野さんの応援隊が集まりました。勿論、みかん一座のメンバーも参加しました。「リーチングホーム」の歌を歌いながら、みんな泣いていました。河野さんが、そこにいるような気がしました。「一歩、踏み出す勇気を」っていつも言っていた河野さん。私達の心の中に深く刻まれています。 (2002)平成14年5月19日(日) たぬきと木の衣装が、できたー!6月16日(日)午後2時から松山コミセンキャメリアホールで公演の、ゼロエミ2002みかん一座環境ミュージカル「この地球、だれのもの?」の中で着る衣装です。衣装係の小坂さんと安部さんが夜も寝ないで作ってくれました。一番喜んだのは、古だぬき役の智子さん。さっそく着て、「わーいわーい、」とはしゃぎまくっていました。う〜ん、よく似合う!子だぬき達もすごく可愛い。木の役の子供達は、新人が多いけど頑張っています。今日の通し稽古は、仕事などで来れなかったメンバーも多いけど、本番に向けて一歩一歩固めていきましょう! オー!! ![]() ![]() (2002)平成14年5月8日(水) みかん一座ミュージカル「春や昔、十五万石の城下のまちで」の再演が9月に決定しましたが、現在、台本の再作成中であります。今回は色んな方々が出演します。今は、まだ、これしか報告できませんがお楽しみに! (2002)平成14年5月7日(火) 松山商工会議所創立120周年記念パーティーで、みかん一座のミニステージ、「ふるさと、元気に」を御披露しました。女性5人で歌い踊りました。初めは、「現代版伊予漫才」。次は、初公開の「伊予だぬきダンス」。これには、たぬきの大好きな中村松山市長が、大喜び。続いては、松山商工会議所、初代会頭の小林信近翁(伊予鉄道創始者)が、日本初の軽便鉄道(今のぼっちゃん列車)を松山に走らせた事から、「走れ、時を越えて、ぼっちゃん列車」。お次は、「野球拳」。ここでは、加戸知事と座長がジャンケンポン!どっちが勝ったかって?もちろん、愛媛は姫の国じゃけん、マドンナの勝ち!(実は、座長は後出ししたんです。)その後は、道後温泉本館建築100周年の時、サスケさんが作った「旅のマドンナ」。木桶を持って温泉気分で踊りました。そして、最後は「たったひとつの人生だから」を力一杯歌いました。松山を元気にと、120年の長きに亘って頑張ってきた多くの方々の想いが、今の時代を築いたんだと思うと、今、生きている私たちも、次の時代へ繋ぐ精一杯の努力をしないといけないと思いました。 (2002)平成14年5月5日(日) この日、環境ミュージカル「この地球、だれのもの?」の初めての通し稽古が行われました。大人達の平日の夜の練習、子供達の子供ミュージカル教室での練習、この二つが初めて融合しました。座長の演出にも厳しさが増してきており、この一ヶ月でテコ入れされていくことでしょう。私達も早く台詞を完璧に覚えなくては!!座長といえば、昔からタヌキに似ていると言われていたそうですが、今回、たぬき役でたぬきの格好で登場します。お楽しみに。この日、たぬき役の子供達は初めて衣装に手を通しました。 (2002)平成14年4月5日(金) 子供ミュージカル教室の頃から、一緒にやってきた3人娘の安部小百合、野本真由美、藤本かおりが無事、大学に入学し、入学祝い&壮行会が行われました。安部小百合と野本真由美は大学生をしながら、引き続きみかん一座の活動を続けます。(ファンの方、ご安心下さい)藤本かおりは他県への進学となり、しばらくお休みとなります。でも、夏休みとか帰郷し、また舞台に登場すると思います。とにかく、本当におめでとう。新しい門出の3人娘に幸あれ!(藤本かおりの姉、藤本一世も、仕事の都合でしばらくお休みです。頑張れ!) ![]() (2002)平成14年2月24日(日) 今日、南中ソーラン節(最近は3年B組金八先生でもお馴染み)を歌っている、あの伊藤多喜雄さんのコンサートに、みかん一座5人が三間町へ行きました。場所は平成11年に、環境ミュージカル「今、始めよう 私たちにできること」を上演させていただいた、思い出の三間町町民会館です。伊藤さんの、歌がいいのは勿論ですが、トークが面白い!!さすが、民謡界のさだまさしと言われているだけのことはあります。さて、コンサートのアンコールの時にエピソードは起こりました。伊藤さんが客席に向かって「南中ソーラン節をもう一度、歌うから、踊りたい人は出てきて下さい。」真っ先に手を挙げたのは座長でした。そして用意周到に持ってきていたみかん一座の長半纏(私は、楽屋で、伊藤さんに見せるんだろうと思っていた。)を着たかと思うと疾風のごとく舞台へ。残されたメンバーは唖然としていましたが、もう一度、舞台を見ると、座長がこっちをバチバチと睨んでいるではありませんか。「早よ、上がってこんかい!」と言わんばかりに。伊藤さんの「もういませんか。始めますよ。」の言葉で私は慌てて長半纏をつかみ舞台に上がったのでした。何はともあれ、みかん一座の長半纏を着て、伊藤多喜雄さんの生歌の舞台で踊れて良かった!伊藤さん、楽屋でもいろいろお話できて幸せでした。ありがとうございました。 (この話、3月2日(土)放送のラジオ番組「みかん星交響曲」でもみんなで報告しました。写真の長半纏を着て頂いたのはスタッフの方です。) ![]() (2002)平成14年2月11日(月) 今日は羽田空港で、愛媛いよかんPRのためのコンサートショーを行いました。今日もお客様は暖かく、故郷をテーマとした曲では涙される方もおられました。東京での全てのスケジュールを終え、帰りの飛行機までの時間、事前に連絡していた宇佐元恭一さんと合流することも出来ました。宇佐元さんは故郷の福岡でラジオ番組を持っており、その収録の帰りでした。その後、土産を買ったりしてたら、なんと、全員、飛行機に乗り遅れてしまいました。バタバタしてるとラジオ番組「イエス!You Can!」の万代牧師にバッタリ会いました。メンバーは皆、明日から仕事。キャンセル待ちで全員うなだれてましたが、なんと、連休最終日でありながら、最終便に空席が出て、全員、その日に松山に帰ることができたのでした。その便は奇しくも万代牧師と同じ便であり、まさに神は我等を見放さなかった!でした。 (2002)平成14年2月10日(日) 東京駅で愛媛いよかんをPRしながらコンサートショーを行いました。旅の恥はかき捨て、とは言いますが、ホテルで舞台メイクをして、JR等での異動で現場に向かうのは、少し恥かしい、というのは白一点の鎌田さん。東京だから目立たないと自分に言い聞かせているようですが、やはり周りの人はジロジロ見ているようです。しかも、彼の名前から、メンバーが彼を呼ぶ愛称は、カマちゃん。今日もメンバーは、何処ででも大きな声で「カマちゃん!…」それを聞いて、なるほど!と納得している東京の方がいたように思えたのは私の考え過ぎでありましょうか。さて、その鎌田さんは今回、必須アイテムである、黒のズボンを松山に忘れるいうポカをしてしまいました。スケジュール的に東京で購入する時間もなく、座長の黒のパンツのスペアを借りての出演でしたが、サイズが少し小さく、タイツ状態となり、バレエダンサーのごとく舞うことになったのでした。即、松山から観に来てくれた方より、気になってしょうがなかったと、メールが入りました。 ![]() (2002)平成14年2月9日(土) 温泉郡重信町で「ONE LOVEコンサート」を行いました。盛り上がりました。歯科医&シンガーの能智さん他、重信町の方々、運営等お疲れ様でした。この興奮冷めあらぬ後、みかん一座の5名は19時30分の飛行機で東京へ旅立ったのでした。 (2002)平成14年1月1日(火) 元旦からみかん一座は元気です。この日、テレビ番組「ズームイン朝!」(日本テレビ系)で生中継する、東宇和郡宇和町の「大餅つき大会」に4名が参加させて頂きました。宇和町といえば昨年、再演したミュージカル「オランダおイネ、一番星咲いた」の公演の感動が記憶に新しい、思い出の町です。宇和町の皆さんといっしょに大きなお餅をつくことで、朝の5時半に松山を出発した眠気もすぐに吹き飛びました。また、そのついたお餅の美味しいこと!その後、宇都宮町長宅へお招きいただき、美味しいおせちを御馳走になったのでした。 ![]() (2001)平成13年11月11日(日) 旅人が行き交う羽田空港でのコンサートショーは、お客様の暖かい拍手の中、無事、成功し、愛媛を、また愛媛みかんをPRするのにお役に立て、私達は本当に幸せでした。県農えひめの方々をはじめ、ミス愛媛みかんの方々、スタッフの方々、お疲れ様でした。暖かな充実感のもと、私達は15時40分の飛行機で松山に帰ってきましたが、まだまだ、本日のみかん一座のスケジュールは終わりません。そのまま松山全日空ホテルへと直行し、みかん一座の松山待機組と合流しました。そう、進級スクールの25周年記念パーティーへの出演です。(勿論、東京とは別物のプログラムです。)私達は東京でのテンションをキープして精一杯頑張りましたが、それにも増して、松岡代表以下、進級グループの方々はとてもエネルギッシュでした。このエネルギーが子供達を育てる原動力なのだと痛感しました。 (2001)平成13年11月10日(土) みかん一座から5名(戒田、片岡、小坂、曽我部、鎌田)が、昨日の最終便で東京入りしました。今日から2日間、東京駅と羽田空港の特設ステージで、愛媛みかんをPRすべく、1日2回のコンサートショーを行うためです。みかん一座は以前にも東京で歌い踊りましたが、今回の2箇所でやるのは初めてで、不安もありました。しかし、大勢の道行く人々(東京の方を始め、場所が場所だけに全国各地の方々でした)が足を止めて下さって、暖かい反応、そして大きな拍手を頂き、旅芸人冥利(?)に尽きた私達なのでした。この日のイベントは夕方の5時に終わり、私達は2つに分かれ、私と座長は劇団四季の「異国の丘」を観るため、四季劇場へダッシュしたのでした。しかし、あまりにも時間がない!浜松町の駅から出て、雨の中、舞台メイクのまま、ひたすら走り、もうダメかと思いましたが間一髪、開演に間に合いました。極寒のシベリアを表現した舞台を、ズブ濡れのままで観て、心身共に凍えるようだったんですが、すぐに感動で熱くなりました。そして終演後、ヒロインの宋愛玲役の保坂知寿さんと久しぶりにお話ができ、一層、感激したのでした。また松山で会いましょうと約束して下さいました。丁度、このころ、他のみかん一座の女性3人は夜の六本木を満喫していたのでありました。昼も夜も踊り狂う、本当にパワフルな3人です。明日は羽田空港でショーがあります。みんな、頑張ろう! (2001)平成13年7月18日(水) 今日、劇団四季の、「ユタと不思議な仲間たち」を観に行きました。えがった〜!終演後、ユタ役の田邊真也さん、そして以前、ラジオ番組「みかん星交響曲」にも登場していただいた大作役の遊佐真一さんと。 ![]() (2001)平成13年6月30日(土) 今日も宇和町へ。今日、痛切に感じたのは、宇和町の子供達の歌と踊りが固まってきたこと。みんな努力してるんですね。正直、ほっとした一日でした。しかし、もっともっと上手くなるよ。頑張ろう。 (2001)平成13年5月3日(木) ゴールデンウィークもみかん一座は練習です。今日も南海放送の第一ホールは熱気ムンムンです。5月27日(日)本番のごみゼロフェスタ2001/みかん一座環境ミュージカル「しあわせってな〜に?」の初の通し稽古です。台本ができてから間がないのですが、何とか形になり、一安心。みんな、よくセリフを覚えたねえ!しかし、本番まで日がないので、気は抜けません。もっともっと練習してレベルアップしましょう。 (2001)平成13年5月2日(水) またまた、みかん一座のオリジナル曲を集めたCDの発売が決定しましたが、そのジャケット用の撮影が、南海放送コアスタジオでありました。 (2001)平成13年4月30日(日) 8月の宇和町文化会館10周年記念公演「オランダおイネ・一番星咲いた」の発会式が宇和町町民センターにておこなわれました。宇和町の宇都宮町長はじめ、関係各位の挨拶のあと、キャスト、スタッフの紹介と、ミュージカルナンバーの披露等で盛り上がりました。本当に多くの方々のお力に支えられていることを再認識した会でありました。頑張ります!そして頑張りましょう!今回も宇和町の方々が大勢、出演されます。会の後、宇和町文化会館で初の合同練習をしました。宇和町の子供達も楽しそうです。みかん一座は、5月公演の環境ミュージカルの練習に入っており、しばらくは、松山と宇和町の並行作業の練習になると思いますが、宇和町の皆様、よろしくお願いいたします。いい舞台を創りましょう。 (2001)平成13年4月4日(水)〜6日(金) みかん一座より座長を含む6名が、韓国の舞台で踊ってきました。第2回韓日文化交流祭への参加です。いっしょに参加された各団体の皆様、お疲れ様でした。そしてガイドのチョンさん、ありがとうございました。韓国のお客様は特に熱い!私達の(特にソーラン節)一挙手一投足にリアルタイムな歓声があがるというのは初めての経験でした。海外通の、山本太郎氏(みかん一座音楽担当)はドイツに続き、今回も同行してくれました。海外で頼りになる人なのですが、何故か彼とタクシーに乗るとトラブルに巻き込まれてしまうという不吉な人でもあります。 ![]() ![]() ![]() (2001)平成13年4月2日(月) 座長より、来る8月の宇和町公演、ミュージカル「オランダおイネ・一番星咲いた」のキャスティングが発表されました。リニューアルされた台本も現在、制作中であります。(睡眠不足や肩こりも何のその!) 8月をご期待下さい!! (2001)平成13年3月25日(日) 宇和島市において、第42回泉田バレエスタジオリサイタルに参加出演させていただきました。座長は司会も兼ねており、前日から会館入りしていました。さすが舞台人、芸予地震(震度5)を南予文化会館の舞台袖で体感してしまいました。他の出演メンバーは全員、松山で震度5を味わいましたが、やはり恐怖でした。以前より、泉田バレエのミュージカル教室に、みかん一座から週一で出向させて頂いており、そのご縁で今回の出演となりました。みかん一座のオハコのナンバーから2曲を歌い、踊りましたが、メンバーの中にはバレエ経験者やこれから勉強したい者もおり、刺激となった1日でした。ヒップホップがかっこいい泉田先生他、泉田バレエの皆様、ありがとうございました。 (1998)平成10年8月3日(月) 劇団四季「夢から醒めた夢」をみかん一座みんなで観に行きました。面白かった。テンポがよかった。加藤敬二さんの振付がいい。知寿さん最高。等々。下の写真は終演後、以前よりお世話になっている主演の保坂知寿さんと。 ![]() |
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